スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ぼくらの 11

夏休みに自然学校に参加した少年少女15人は、海岸沿いの洞窟でココペリと名乗る謎の男に出会う。ココペリは「自分の作ったゲームをしないか」と子供達を誘う。ゲームの内容は、「無敵の巨大ロボットを操縦し、地球を襲う15体の巨大な敵を倒して地球を守る」というもの。兄のウシロに止められたカナを除く14人は、ただのコンピュータゲームだと思い、ココペリと契約を結ぶ。その晩、黒い巨大なロボットと敵が出現し、ロボットの中のコックピットに転送された子供達15人の前には、ココペリと、コエムシと名乗る口の悪いマスコットが待っていた。これが黒いロボット・ジアースの最初の戦いであった。……戦闘を重ねるにつれ、子供達はゲームの真の意味を目の当たりにすることになる。


ついに終焉を迎えたぼくらの。
戦わないと地球ごとみんな滅亡する。
戦って勝っても、自分は死んでしまうという不条理なルールからして、ハッピーエンドはありえない作品。

全体的に欝な作品なので、悪趣味だと批判される。

それはこの作家の描く漫画が、不条理を描く作品ばかりという事もあるのかもしれない。
特になるたるはまったく救いようの無い作品で、余程特殊なセンスをしていない限り、面白いとは感じないだろう。
かという自分もなるたるを全巻所有しながらも、好きになれないし、余り読み返そうとも思わない。
その点、ぼくらのは厳し環境にありながら自分の生き方ができる特殊な子供達が多く、ある程度救いのある内容になっている。

ロボットで戦って地球を救うというなのだから、当然戦闘モノのようだけど、ロボットの戦闘はそれ程面白いものではなく、多くのモノが犠牲になり、とても心地良いものではない。

そういう面白さを求めたらこの作品はハズレである。


ぼくらのは思いいれが強い作品なので、いつも以上に無茶苦茶な感想になる……。
前作のなるたるは徹底して不条理が描かれていて、主人公を含む主要な人物がなすすべも無く現実に打ちのめされて行く作品だった。

しかし、今回の作品は少し内容は異なる。
ただ、やはり不条理な状況に置かれるという共通項がある。
何故そんなに痛ましい不条理を描かなければならないのか、作中のセリフに作者の考えの一端が垣間見える記述されている。

中学生になった時、
ぼくらは
もう一人前で
自分でなんでも
できると思った。

ぼくらは
泣いたり笑ったり
怒ったり
もう、この世の中のことは
ほとんど
知った気になっていた。

でも本当は
父や母に守られ
社会に守られている
ただの子供だった。

本当の
悲しみや喜びや
怒りは
そんな日常の中には
なかった。


本当の感情を描くには、現実のように不条理でなくてはならないというのが作者の考えなのだろう。
かなり意地の悪い事を言っている。

現実はそこまで不条理では無いよと思ってしまうけど。
大多数の国々、特に発展途上国では、過酷な現実が常に人々を襲っているのだと反論されてしまうだろう。
なるたるの作中では、実際そのような記述があったりする。

なるたるは人が何の気無しに、人を絶望に陥れる事ができると言う、戒め的な意味合いがあった。
そういう意味でのメルヘンだったのかも。

今回の作品の場合、不条理な現実の中で、いかに自分なりのけじめを付けるのかが描かれている。
結局の所、世界を救う話なのだけど、結果的に世界を救っているだけで、それぞれ大切な誰かの為であって、世界の為なんていう現実離れした動機から戦っているわけじゃない。
悪く言えば、結局の所エゴなのかもしれない。
それがでも人間にとってはリアルだし、大きな不条理に屈しない唯一の動機なのかも。

ラストも例に漏れず、不条理の中自分なりのけじめを付けるというラストだった。


そんなこんなでこの作家の底意地の悪いさも認めつつも、この作品は好きだなー。
頑張っている姿と言うものが、これ程リアルに描かれているから。
作者がそんなモノを描く気がさらさら無くても。

でも余り人には勧められない。

ぼくらの 11 (IKKI COMIX)ぼくらの 11 (IKKI COMIX)
(2009/12/26)
鬼頭 莫宏

商品詳細を見る
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。